合掌の心(大阪支部長 田中文雄)

先日、船橋川沿いの小径で、ウオーキング中にたまたま見かけた心地よい風景を紹介します。

私の後から、4~5歳位の男児と、ベビーカーに2~3歳位の女児を乗せた若いママさんが歩いて来ました。

私の10m程先に路傍の小さなお地蔵さんがあり、その男児がお地蔵さんに駆け寄り、ひざまずいて合掌する光景を目にしました。

それを見た私は久しぶりに爽やかな気持ちになり、思わず男児に「偉いね」と声を掛けたところ、ママさんが「感謝の気持ちが大事ですから」と応えてくれました。なんと素晴らしい躾だと感動、これこそが本当の教育なんだなと思いました。素直な心、そして最も大切な人間性を目の当たりにして、この男児は人としての道を踏み外すことは絶対にないと確信しました。

日本の伝統や風習が軽んじられることが多くなった今日ですが、まだ日本の伝統や風習を大切に思っている人がいることに少し安堵しました。私は生粋の愛国主義者なので、近年の風潮に失望することが多かったのです。

合掌は、インド由来の礼法で、仏教と共に日本に伝来し、日本の風習として定着した伝統文化です。

目に見えないものへの畏敬の念や、感謝の心が希薄になると、思いやりの心も育たなくなります。それが慢心(驕り)なのです。

謙虚な心に戻ってみると、自分が生まれて来たことは先祖のおかげ、今の自分が存在するのは父母や恩師のおかげであることがよく分かります。

他にも感謝すべきものは無数にあります。せめて食前食後には、合掌して「いただきます。おごちそう様でした。」は必ず忘れずに言いたいものですね。自分で稼いだお金で食べるのだから、食べるのは当たり前だ、誰のおかげでもないと思う心が、すでに大きな慢心(驕り)なのです。自分が生かされて食事する(植物、動物、魚介類などの生命をいただいている)のだから感謝は当然です。

私はウオーキングで上り階段のあるコースを選んでいます。近所の共同墓地に百段位の石段があり、天気の良い日は、その石段をウオーキングします。お墓参りの人によく出会います。出会った見知らぬ人が、必ず挨拶し会釈してくれます。

先祖のお墓に合掌して帰る人、これから先祖のお墓に合掌するために行く人は、心が浄化されているからなのでしょうか、邪念が消えて周囲の人に対する思いやりの心が芽生えているのではないかと感じます。

皆さんも時々お墓参りに行ってみましょう。そして愛してくれた祖父母、育み見守ってくれた父母や恩師、青春を語り合った故郷の友や兄弟姉妹、幼かった頃の自分や子孫に想いを馳せ合掌してみましょう。純な心に戻れて、とても気持ちの良いものですよ。運勢学的にもお墓参りは運勢好転の兆しになるそうです。

自分が、今日も生きている(生かされている)ことに感謝して合掌。

今日の自分は、総て「因」と「縁」があってのことなのです。

武道修行の最終目的は、心の修行に他ならないと思います。

沖縄順道館(宮里栄一先生)の修行の心得

其の1、謙虚にして礼儀を重んぜよ。

其の6、質素な生活をせよ。

其の7、慢心せぬこと。

其の8、撓まず屈せず修行を永続せよ。

 

合掌(宮里栄一先生と鈴木昭彦先生に)

 

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