琉歌(サンパチルク)忍
忍ビ 忍ブシヤ
誰ガン 忍ブシガ
忍バラン 忍ビ
スシル 忍ビ
(安里三差路のシーサー)
先月は沖縄剛柔流空手道協会の総会出席と稽古を兼ねて沖縄へ行って来ました。
私が沖縄剛柔流空手道協会大阪支部を開設して11年が経過しました。
警察官を定年退職して趣味の空手に没頭し、傍目には何と気楽な生活を送っていることかと見えるかも知れないが、私にとって空手は今や命がけのものとなっています。
大阪に純粋な沖縄剛柔流を遺すという悲願を達成するために
正に老骨に鞭打って日々戦っているのが現状です。何とか軌道に乗ったと言えなくもないが、今、大阪支部の『生みの苦しみ』と戦っているところです。そんな苦しい事、悲しい事、耐え難き事が津波のように押し寄せて来ることで、心が折れそうになりながらもこの度(たび)は心の旅(たび)でした。
那覇市内を歩いていると、20年前に恩師宮里栄一先生が入院されていた病院の前を通りがかりました。
順道館道場を開設し、沖縄剛柔流空手道協会を設立された宮里栄一先生にも、生みの苦しみがあったと思われますが、その艱難辛苦をどのように克服されたのでしょうか?
もう一人の恩師鈴木昭彦先生も同じように、耐え難き事を体験されて来られたと思われますが、それをどのように克服されたのでしょうか?
黙して目を閉じれば、生前の宮里栄一先生が「田中君、自分を大事にして、今を大事にして頑張れよ。僕が必ず応援するからね」と何度も励ましてくれた声が、また再び聞こえてくるようでした。
そして先の琉歌の心が、肝に染み込んでくるのです。
忍バラン 忍ビ スシル 忍ビ
そして『順道館修行の心得』の珠玉(其の一、其の七、其の八)
謙虚にして、慢心することなく、撓まず屈せず修行を永続せよ。
(仏教では、現世は修行の道場であると教えています)
嗚呼、わが師宮里栄一先生、ありがとうございます。不肖の弟子田中文雄は先生のご恩を決して忘れません。
今回の沖縄でも喜久川道場での稽古。
勝子先生、喜久川政成先生と田中文雄(与那原町喜久川道場にて)
佐喜真武市先生と儀間真幸先生と田中文雄(豊見城市にて)
久米島の内間保夫先生(30歳代の頃)
旧順道館での四羽烏?
(儀間真幸、佐喜真武市、内間保夫、田中文雄)との再会。
津波古の嶺井敏光先生と田中文雄(南城市にて)
旧順道館時代から親友の嶺井敏光先生と一緒に、露天風呂に入ったり泡盛を酌み交わしたり癒しのひと時もありました。奥様や娘さんにも大変お世話になり、ありがとうございました。
総会では顧問の志喜屋新孝先生のご訓示があり「令和の元年にあたって、これから一番大切なもの、それは愛ですよ、思いやりですよ。感謝ですよ。」と話され、未熟者で修行不足の私にとっては耳の痛いお話でした。志喜屋先生ありがとうございました。
いつも前向きに 感謝と思いやりの心で
あてぃん喜ぶな 失なてぃん泣くな
人のよしあしや 後ど知ゆる